母のアバターコース後日談 〜68歳のデビュー!あなたの夢にかぶっていた ほこりを払いましょう〜
今日、母がポツリと言った。
「私、歌を習い始めて、
10年経った。」
あ、あーー
もう、そんなになるんだ!
令和になったので、
今まで、どんな歌を
習ったかなーと、
日記を読み返していたら
習い始めて、
ちょうど10年目になる!
と分かって、驚いたそう👀
というわけで、
10周年記念㊗️で、
リライトして再アップ!
母が、アバターコースを受けて
子どもの頃に持っていた夢を
叶えるまでの物語です。
母、63歳。(受講当時)
子どもの頃から、
歌が大好きで
そして、上手だった。
高校生の頃の夢は、
オペラ歌手。
でも、貧乏だった
母の実家では
それは、本当に夢に過ぎず
母は、高校を卒業して、
すぐに働いた。
そのあと、
20歳で農家に嫁いで
慣れない百姓をしながら 、
三人の子どもを育てた。
長男を病気で亡くすなど
悲しい悲しい、
経験をしながらも
あとの二人の子どもに
惜しみない愛情を注いでくれた。
そうして、育ててもらったのが
私と弟。
母は、30代半ばで勉強をして、
就職試験を受け
介護福祉の資格をとり
老人ホームの現場で、
定年まで、勤めあげた。
孫もできて、
これからは、孫の成長を楽しみに ゆっくり、父と田畑を耕して
花でも育てながら、過ごそう、、、
と、思っていた時に、
アバター®に出会う。
あなたの夢にかぶっていた
ほこりを払いましょう✨
そこから、母の人生が
また大きく、動き出す。
アメリカの上級コースで、
起きたこと。
ワークの中で 母は、自分にフタをしていた、
湧き上がる思いを
もう一度、心から感じる。
「今まで、私は 良い妻、良い母親、
良い姑であることが大事だった。 そうあろうと
必死でがんばった。
でも、これからは
本当に、心から
自分がしたいことを楽しみたい 。 それは、歌うこと。 私は、子どもの頃から
歌がずっと好きだった 。 忙しい毎日で、
夢をあきらめてたけど 私は、歌いたい !!」
その瞬間、キラキラと
夢見る少女のようになってました ✨
日本に帰ってきてから、さっそく コーラスグループの講座を
探し、申し込む。
そして、勇気を出して 知り合いが誰もいない、
コーラスグループの扉を開き
1人で、参加。
興奮して、帰ってきて
「みんな、いい人達ばかりだった。
上手だった〜!」
と、楽しそうに語る、その様子は
喜びに満ちていました✨💕✨💕
それから、5年後の2014年。
母は、なんと!
コンサートに出演する。
岡山シンフォニーホール!
ばばーーん!
ついに!
「舞台に立って、歌いたい。」
という、子どもの頃からの夢を
叶えるのだ!
母は、こう言った。
「すっかり、
あきらめていた夢だったけど、
アメリカのコースで、
プライマリーたてたんよ。
そしたら、こんなことに〜♪」
※プライマリー primary : 十分な意図をもって発せられ、
創始する人の現実を
創り出すような創始。
あなたの創造力は、確信度、
つまり信じる気持ちに基づいているのです。
本人は、ちゃんと
あの時のワークが、
今につながっている!
って、わかってるんだ!
意識のパワー、すごい!
直前はリハーサルだの、何だのと
忙しそうだったけど、
めちゃ楽しそう♪
そりゃ、そうよな。
ずっと、ずっと
夢見ていたんだもん。
それにしても、
人の可能性って、
年齢や経験だけでは、
計り知れないなー✨
68歳の舞台デビュー♪
もちろん、行きましたよ!
私が、高校や大学で
ダンスの発表会がある時
母は、いつも花束を持って
神戸や大阪まで、
見に来てくれていました。
今回は、私が初めて
花束をわたす側💐
まあーまあー
そんなのええのにーーー
と、言いながらも、
とっても、嬉しそうでした。
それが上の写真。
胸のうちに、ずっとしまっていた
宝物のような夢を
打ち明けてくれた、母に。
そして
母の夢を今世のうちに
叶うように、魔法をかけてくれた アバター®ツールに。
いつも温かく見守ってくれている
父と、弟家族に。
サポートして下さった
全てのマスターに。
心から、感謝しています。
あなたが、今世のうちに
花開かせたい夢は、何でしょう?
自分とはこういうもの という どんな考えより、 あなたはずっと深く、ずっと広く、
そしてもっと輝いているのです。
〜ハリー・パルマー〜
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